ミナミ観光ガイド
Guide「ミナミってどんな街?」
大阪で「ミナミ」と呼ばれるエリアは、難波(なんば)や、グリコの看板や巨大なかにの立体看板がある道頓堀、千日前周辺の繁華街を指します。
最近ではテレビ番組などメディアでも「ミナミ」という呼び方をしますが、実際には「ミナミ」という地名はなく、地元の人が使う愛称のようなものです。
さて、この「ミナミ」という呼称がどこからきたのか?ミナミの範囲はどこまでなの?など、ミナミってどんなまちなのか、下記で詳しくご紹介しています。
【2025年度版】大阪の「ミナミ」ってどこにあるの?素朴な疑問を徹底解説!
大阪には「キタ」と「ミナミ」と呼ばれるエリアがあるのをご存知ですか?地元大阪の人でも、そのエリアの認識はさまざまで
ミナミの歴史を知りたい方はこちら
なんば・道頓堀・心斎橋~大阪のミナミ地区400年の歴史(前編)
今や世界に名だたる名所となった「道頓堀川」は、 1615年にできた運河です。そして、道頓堀川の周囲に400年かけてできた繁華街がミナミです。その規模は世界屈指といわれます。
なんば・道頓堀・心斎橋~大阪のミナミ地区400年の歴史(後編)
今や世界に名だたる名所となった「道頓堀川」は、 1615年にできた運河です。そして、道頓堀川の周囲に400年かけてできた繁華街がミナミです。
「ミナミ」とよばれるエリアについて
1. まず、最も伝統的なエリアはここ
道頓堀、宗右衛門町、千日前、難波、戎橋筋、心斎橋筋といった知名でよばれるエリアです。甲子園球場4つ分の広さがありますが、平野郷の成安道頓は、太閤秀吉に許しを得て道頓堀川を堀って(1615年)、一帯の開発を進めました。道頓堀川の南側は芝居街に、その周辺には五つの花街(宗右衛門町・九郎右衛門町・櫓町・阪町・難波新地=南地五花街)ができました。心斎橋筋、戎橋筋は買物街として発展しました。船場・島之内とよばれる大阪の中心地から南にあったことや、道頓堀川は当初「南堀川」とよばれたことから、この地は「南地(なんち)」「ミナミ」と呼びならわされたといわれます。
2. 明治時代から戦前まで徐々に繁華街が拡大したエリア
南側は、高島屋大阪店や千日前道具屋筋、なんば花月、東側は黒門市場や日本橋(昔は古書街でした)、北側は大丸百貨店、長堀通までの島之内が繁華街に変わっていきました。このエリアで、甲子園20個弱!
3. 拡大を続けてきた現在のエリア
どこまでをミナミというかは時代によって変わります。南側はなんばシティ、なんばパークス、オタロード、東側は国立文楽劇場、西側はアメリカ村や堀江、湊町(O-CATなど)といったエリアです。甲子園球場が50個分。1日では到底無理なので、何回も楽しみにきてください。
このように、ミナミは道頓堀川から始まって、世界で最大級の繁華街に発展しました。
Namba Ebisu Navi
なんばにお越しの際にはぜひご利用ください。
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